「ママ、ありがとう」だって

朝は「スッキリ!!」見ながら食パンを食べる。
あのテリー伊藤のいい加減さが朝にはちょうど良いし、
何も考えずに朝食は摂りたいしね。

でも、今日の8時半頃の特集は思わず決壊した。
各務宗太郎くんと言う難病を抱えた9歳の子の
最後の言葉が「ママ、ありがとう」だったと言う。
この難病で助かる道は胃、小腸、大腸、肝臓、膵臓の移植。


僕がボロ泣きしてしまったのは、
母親が移植する意味を宗太郎くんに伝えている場面だった。
その2人の親子は、「命」と直面している。
一見、2人の間の愛情が織りなす、か細い会話のように思えたが、そんなことは絶対ない。
もの凄く強烈でその瞬間はどの生物よりも生きることを意識している。
それがこの9歳の男の子が実感していると言うことに泣いてしまった。

僕もよく「今を生きる」と常々心に言聞かせているが、
本当のところ、今だ命を実感したことはないのかもしれない。

誰かの命をもらって宗太郎くんが生きて行くんだ と母親は移植の意味を説明する。
会話のトーンはとても穏やかでやさしい。
宗太郎くんのわからないフリをして甘える表情が、
自分なりにその現実に直面したくないささやかな抵抗のように見える。
でも、生まれてからずっと宗太郎くんは一度も逃げたことがない。
そんなことこの男の子は余裕でわかっている。
いつでも覚悟して生きて来ただろうし、
子供だからと言って何もわからないわけは絶対にない。
動物のような本能で自分が危険であることなんてずっと知っていただろう。
その覚悟に僕の心は震える。


なんとか募金で集めたお金で渡米し移植手術を受けたが、
しばらくして呼吸がうまく出来なくなって呼吸不全で亡くなった。
最期の言葉は「ママ、ありがとう ありがとう」と呼吸が出来ない中、振り絞ったと言う。
母に抱きかかえてもらいながら最期を迎えた。
母親は、凄過ぎる最期の言葉に
なんでそんな大人の言葉を最後に使うの?と後で振り返ったらしい。
その言葉は凄過ぎる、でも、9歳だから大人じゃないとは言えない。
立派に成長していたんだ。


宗太郎くんはこの9年間、
誰よりも集中し命と真正面から向き合ってとても厳しい人生を生き抜いた。
彼を見て思う、生きると言うことは時の数ではない。
チャラチャラと過保護に育った僕なんかよりも強烈に生きている。
人間は全力で生きていれば、9年でも心を振るわす言葉を発することが出来る。
言葉と心が直結している。僕は本当に自分の心に直結したい。


もう、番組から2時間も経ったのに僕はまだ泣いている。
強烈な挑戦状を叩き付けられた気分だ。
やってやる!彼には負けられない!覚悟して生きてやる!
このまま老いぼれて命乞いのような人生なんてまっぴらだ。
とにかく強烈に生きれるように、また、心を入れ直そう。




大人になれば頭で認識していることばかりで、心から実感することが少なくなる。
少しずつ形容詞が減って行き、楽しい悲しいくらいのものしか感じれない。
便利な生活や合理的に日々を過ごそうと思ったら、やっぱり心が邪魔になる。
そのくせ、楽しいことや嬉しいことだけは忘れたくない。
これに気付かない限り、人間は昆虫のように進化し行く。
ただただ、センサーでメスやオスを感知して追いかけ、
甘い餌を探してウロウロと動き回る。そこに心は無い。


昔、僕もそうでしたが、いつも全体を把握しようと、
俯瞰し、客観的に見ようとしたりして物事を考えていたが、
本当に人間は客観視できるものだろうか?

人間は主観でしか物事を考えられないのが僕の考えで、
客観的に物事を見れていれば、世の中の矛盾はすでに解決しているはず。

所詮、目の前のことにしか実感できないのが本当のところ。
必死に全体を把握して自分はその中でうまくやろうと思うが、
その客観視した中に自分が置かれてないことに自分が気付いていない。
それでは完全に自分を棚に上げた状態で他人の人生が勝手に進んで行ってしまう。
それより目の前の些細なものにでも集中できることの方が我が人生のように思う。

机は小さい方がよく勉強できると誰かが言っていたが、
散漫になっている視点を集中させるって意味かもしれないな。
客観視してわざわざ広く大きく見なくても、
視点を集中させて小さな自分の人生が広がってくイメージを膨らませる方が絶対に楽しい。

もし楽しい人生がお望みなら、あえて今厳しいと思える道に進む方が絶対にいい。
道は厳しいが、心の底から湧いてくる「やってやる!」と言う希望は最高に気持がいい。
この本当にひとりひとりが持てる希望が絶対に必要なのに
賑やかな明るい未来ばかりに希望を見出そうとするのは、心の在処を見失っている証拠だ。
本当の希望は、すでに心の中にあるのに、探す必要なんてない。


成功や失敗なども越えてやるんだという気持。
善し悪しも越えた絶対感を持とうとする気持。
金にも情にも時にも負けないと言う強い気持を僕はずっと持っていようと思う。
命って言うものは、この全てのものより遥かに強烈なんだ。


「ママ、ありがとう」:http://www.kadokawa.co.jp/sp/200909-01/


朝からすみません。
ちょっと熱過ぎた。
泣き過ぎて頭ガンガンしてますわ。笑ッ!
[PR]
by hisa_coff | 2009-10-06 11:33 | デイリー