僕の勝手な推測ですが・・・

ヘレン・ケラーが大学で哲学に夢中だったことを知った。
興味深いのです。しかもデカルトに夢中だったらしい。。
物に名前があることを知らずに9歳のころに「水」を知る。

逆に僕らは、言葉を覚えてから自我に目覚めて行くので、
言葉を使って思考することは当たり前で、
言葉に対して哲学的な疑いをするなんて不自然だし、
おかしなことだと感じる。

でも、僕の推測ですが、ケラーの場合は、
言葉すら知らないが、心の中で考えると言うことが出来ていて、
自我に目覚めているだろう9歳の時に物に名前があることを初めて知るのだから、
哲学者たちが追い求めている感覚を
ケラーは9歳までの自分の中にあったことに気付いて
哲学に夢中になったんじゃないだろうか?

言葉自体を否定する哲学と、
言葉があることに感動し学び続けるケラーを結びつけるのは、
哲学が追い求め無へ さかのぼって行く感覚が、
光も音も言葉も知らない時代に心の中で沸いていた感覚とダブって、
もしかしたら、懐かしく、あの頃の自分を探ることが出来たのかも知れない。

僕の勝手な推測ですが・・・


おやすみ。
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by hisa_coff | 2010-10-18 01:44 | デイリー