依存と自由と孤独

昨日はあれだけルーニーについて落ち込んでいましたが、
一転、ルーニーは契約5年延長しました。
もしかしたらファーガソン監督のパフォーマンスかも知れない。
以前にもこんなイタズラがあったような気がする。
でも、今回は僕も騙された。

「いつまでも、オレがいると思うなよ」と言われたような気がする。
よりどころを集めては、自分の居心地をうまく保っている僕らですが、
よりどころが増え過ぎていないか?たまには考えないと行けないな。

例えば、よりどころなり依存しているものを並べてみたら
僕がどれほど複雑な人間かが見えてくる。

音楽に依存し、ピアノに依存し、ギターに依存している。
最初に出会ったビートルズに依存し、好きになったアーティストたちに依存し、
ソクラテス、アリストテレスに依存し、岡本太郎に依存している。
音楽を聴くことに依存し、本を読むことに依存し、
偉人たちの残した言葉に依存し、哲学に依存してる。
今年は龍馬伝に依存し、プレミアリーグのフットボール中継に依存し、
チャンピオンズリーグや4年に一度のワールドカップにも依存してる。
紅茶に依存し、日本茶に依存し、たまにスタバに依存してる。
もちろん水に依存し、たまにコカ・コーラに依存する。
風呂に依存すると言うことは、ガスに依存し、電気に依存する。
米や小麦、乳製品、鳥に牛に魚に野菜、すべてに依存する。
そして、家族に依存し、マイハニーに依存し、友人に依存する。
知人じゃなくても、人間に依存しているし、
日本に依存し、そして他国に依存し、大地や海洋に依存し、
この地球、そして宇宙に依存している。

かなり大好きなものを並べてみたものの、
逆に依存していると捉えることで自由じゃないように思えてくる。
これだけ依存しなければ生きては行けないんだ。

昔、自由が欲しいと願っていたときは、
自分が依存していることに気付かずに、まだ何かを欲しがっていたような気がする。
本当の自由は逆で これらのよりどころや依存しているものと決別することだと思った。

田上菊舎と言う俳人は、自由を求めて家を持たずに旅をしながら俳句を詠んだ。
その姿は、自由気ままな反面、誰にも依存しない分、孤独が滲み出る。
40年間、ずっと旅をしながら俳句を詠む。依存しているのは、旅と俳句。
あとは、米少々、ふれあい少々 と言ったところでしょうか。

本当の自由とは、孤独のことなんじゃないだろうか?
宇宙空間に放り出されて、誰も助けが来ないし、
体を踏ん張る大地もなく、手すりもなく、
何もない状態が自由だとしたら僕は生きて行けない。
自由を求めているけれども、
ある程度の制限がなければ、何も楽しめないのだとわかる。

ひとりで生きられる人はなかなかいない。
だから自由を手に出来る人は、孤独に打ち勝てる心を持っている人じゃないだろうか。
僕も孤独は好きだし、ひとりで行動することも多いですが、
さすがに一日一回は誰かと話さないと不安になる。

僕らが思っている、羽を伸ばすような自由のイメージは、
誰かが影でちゃんとフォローしてくれている状態だったのでしょうね。
フリーダム!と叫ぶ若者が昔いましたが、
それもきっとある程度の輪の内側で行われることだったのでしょうね。


少し自由になりたいな、と思ったり、
軽くしたいな、と思ったときは、依存しているだろう事柄を並べて、
その中からいらないもの見つけて決別すれば少しは軽くなる。
ある程度制限がなくては僕らは生きる意味を見つけられない。
キャンバスがなけりゃ画が描けない人も多いでしょう。
キャンバスがあるから自由に描ける人の方が多いような気がする。


一番依存してしまう睡眠と決別できたら最高なのにな。。
おやすみ
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by hisa_coff | 2010-10-23 03:24 | デイリー