昨夜の夢は不気味でした。

昨夜の夢は不気味でした。
両親の不仲が発覚すると言うなんともいや〜な夢を見た。
実際は2人とも気の長い穏やかな人だろうから、
好きと嫌いの割合は、8:2ぐらいだと思うので大丈夫だ。

好きと嫌いは何処からくるのだろうか?
本当に好きか?と問われたら「好き」と応えやすい。
でも、本当に嫌いか?と問われたら「嫌い」とは応えにくいような気がする。
嫌いだけど、この世に存在していると言う事実を尊重しているのでしょうね。

恋人のあの癖が嫌いだ なんて話になったりするが、
「本当に嫌いか?」って問われたら「嫌いじゃない」と応えると思う。
癖がそこまで気になるかって言ったら本当は気にならない。
でも、別れたいモードのときは、自分を説得させる口実として
嫌いの部分を見つけて1つずつ増やして行くかもしれない。

自分のことが大好きなときは、
何を見ても好意を持って受け入れる準備ができている。
ただ、自分のことが嫌いなときは、何を見ても好ましくない。
自分のことが好きならば、目に映るすべてが最高だ。
その心の波によって好みも左右されるかも知れない。
もし、恋人のある部分だけが嫌いな場合は、
自分に対してもそのくらい嫌いな部分があると言うことかもしれない。
それに誰かを嫌いになる行為自体、嫌いでしょうから。
この考えで行くと、誰かを嫌いになったとき、自分のことも嫌いになったときだ。
(吉田松陰や孟子の人間は善人であると言う前提の話ですが・・・)


例えば、
僕が長年変わらず好きなビートルズやずっと好きなアーティストなんかは、
ただ、自分の中で「ずっと好きだよ」って約束したんだろうな。
ビートルズの話題でも好き嫌いで話せますが、本当は約束してる。
そんな感じだろうか。
家族なんかはそうだな、好き嫌いなんて問題じゃなく自分の中で約束してるのだ。



皆が憧れる好きなものばかりに囲まれる環境を創ると言うのは、
好きなものを手に入れ集めなくても、
ただ自分を好きになるだけでOKなのかもしれませんな。


おやすみ。
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by hisa_coff | 2010-10-29 03:20 | デイリー