「初めて」と「緊張」を打ち明けてくれたことにすごく嬉しかった。

昨日、会場だったJANUSをEGくんと2人で出た。
堺筋の交差点でタクシーを拾おうと手を上げたら、
路肩に停まってたタクシーはこちらに来てくれない。
なので、こちらから迎えに行き「乗せてくれ」と合図した。
トランクに鍵盤とギターを押し込んで、僕とEGくんとで乗り込んだ。
少しこわばったアクセルの踏み方で気を使っているような波のある走り。

楽器を持っていたことから話が弾み、運ちゃんはコミニュケーションを計ってくる。
きっと一度きりしか会わないだろう初対面の人と話すのが僕は好きだ。
互いの人生が交わる瞬間が一度しかないのだと思うと、
誰とでも さっぱりした感覚で話せるもんだ。

僕らがミュージシャンの流れから、「私もPAをやってましてね、、、」と、
音響の仕事をしていたことを僕らに話してくれた。
気を良く話を聞くもんだから、「実話ですね」と切り返して来た。

「実話、私、今日がタクシー初めてなのです」と打ち明けて来た。
僕は「ほんまですか、はじめの第一歩じゃないですか!」と喜んだ。
EGくんも喜んでいる。なかなかそんなタクシー巡り会わない。
巡り会ったとしても告白する運ちゃんはそういないだろう。
「そやから、こう見えても ものそー緊張してますねん」といい、
気の使ったアクセルの踏み方をなんとなく理解できた。

僕も話すのが好きでして、この際色々聞いておこうと話の裾を引っ張った。
「タクシーの運転手になるためにどれくらいかかるんですか?」と聞いて見る。
「実質4日ほどで放り出されましたわ」と言う。僕は「と、言うと?」と切り返す。
3日間くらい講習があるらしく、それと前日に講師を隣に乗せての実戦。
そして、今日を迎えたそうです。後は実戦でコツを掴むしかないそうです。
「私もね、こんなんで仕事になるのか心配で緊張してるんです」
今も一応音響の仕事もやりつつ、暇な時にタクシーを運転することに決めたそうです。
音響だけでは食べて行けないことも打ち明けてた。たぶん、50代後半かと。


僕は「初めて」と「緊張」を打ち明けてくれたことにすごく嬉しかった。
この運転手ほどのお年で、はじめの第一歩を踏み込むのは、やっぱり勇気のいることです。
年を重ねれば重ねるほど、どんどんその一歩が出なくなって行く。
だからこそ、何に一歩を踏み出したかじゃなく、未知への一歩は無条件に感動するのです。

緊張していると素直に言える大人もまた嬉しいのです。
緊張とは隠していたいものであります。
隠した方がいい風潮もあるような気がします。
緊張していることで器の小さいと突かれたり、
緊張していることで劣位に立たされたりもします。

でも、無意識のうちに緊張を遠ざける生活を送っていると、
いつの間にか、ぬるま湯の中に一日中浸かっているような生活に気付きます。
馴れ合いの中、新しいものとの接点は、ほぼメディアや外からの情報のみで、
自分の中から芽が出てくるような、産まれて来るような感覚は
なくなって行くような気がしてならんのです。

緊張の向こう側には、新しい感動があるといつも思ってます。
振り返って思い出してみても、告白する緊張の後、本当の喜びがありましたし、
どうにもならんくらい失意に落ちたこともあります。
ケンカ寸前のにらみ合った緊張の後、本当に痛い目にあったこともあるし、
変な罪悪感に襲われたこともある。出番寸前の大きな緊張の後、
今死んでも構わないと思うくらいの達成感も感じたこともある。

大きな感動が来る前触れには絶対に緊張があります。
この緊張を越えた時、嬉しいのか、悲しいのか、
どんな思いをするか、わかりませんが、必ず新しく大きな感動がやってきます。
緊張は感動の前触れ、それを逃していったい何に生きると言うのか?
緊張を抑えたり、自分にごまかしたりしていては、大きな感動を逃してしまう。
素直に自分の中の緊張を認めてありのままで一歩を踏み出せれば気持ち良い。

毎日 同じ日が来るわけじゃない、
同じ日にしてしまっているのは、自分自身なんだ。
明日、新しい日にするには、緊張の大きさはなんでもいい、
緊張を見つけてはフタを開けて行くそんな連続がよい気がします。

日々、集中し緊張し興奮する。
こんなことを最近忘れていたような気がする。
でも、この日のEGバンドはそのすべてがそろっていたよ。

「こんどは音響の方で、また巡り会うかもしれまへんな」と、EGくんへほほ笑み。
僕らを降ろして、運ちゃんは満足げな顔だった。


おやすみなさい。
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by hisa_coff | 2010-11-14 03:23 | デイリー