このMacももう7年だ

そば屋で相席になった女性が柴田理恵さんに極似で、
それを確認してから顔を上げられず、ずっとつゆの中に視線を落として食べた。
その顔がどう ってことじゃなく、失礼な気持ちは一切ございません。
ただ、ガキ使のスパイ24時でスッピン柴田 休憩室無言喫煙を思い出してしまい、
僕の視野を制限したのです。すみませぬ。

楽器屋によりいろいろ必要なものを買い、大きな電気屋さんにも寄った。
最近、炊飯器の音に違和感を感じるのでそろそろだと思って寄った。
あとは、携帯電話を見た。
今の携帯電話はかれこれ6年になる。
この前は、「凄い携帯使ってるね?」と70越えのおじいさんに言われた。
言い返したかったが、言い返せなかったことを書きたい。

まずは「使い切る」と言うことを心身にすり込むために
何でも最後まで使いたいと思うようになったのだ。
僕らは使い切らないまま飽きたり手放すことに慣れてしまった。
車でも最初の車検が来るまでに乗り換える人がいるくらいだ。
ずっと使えないものを選んだ自分の目に恥じるようになった。
そうなったと言うか、わざとそうするようになった。
自分が選んだものが本当に良いものならばずっと手放さないはずだと
自分の選ぶという能力に期待をしているかのように。

エコの精神でもある。
使い切る、食べ切る ってことは、
エコバッグや節電や資源の節約を考える前に考えてもいいんじゃなかろうか。
経済を無視して僕らは生きられない体になってしまったので、
今後もCO2も増え資源も食い尽くすだろうと思います。
でも、本当に食い尽くしたのなら仕方がないと思えますが、
まだ残っているのに捨てているようじゃ、本当の経済大国ではない。
日本の残飯は先進国が後進国に送る支援食物の5倍だと話を聞きました。
残飯がこれだけ出ることを計算できずに生産している。
使い切れる分、食べきれる分を見極める眼力を身につけたいと思う。


あとは、便利すぎるものは、自分を退化させると言う考え。
これは岡本太郎さんが太陽の塔を創るとき
「進歩と調和」の万博のテーマを聞いて、「何が進歩だ!」と言ったらしい。
便利な世の中は逆に人間を退化させている。そんなような考えだと思う。
便利なものを発明した人は、進歩しているが、それを使う人々は、
それ以上進歩しないと言う考えだと思う。
自分の能力を発揮する前に便利なものがあるので発揮せずに終わってしまう。
飛行機が飛び交っている今、「背中に羽が生えたらいいな」なんて
自力で空を飛ぶ夢を願っている人は少ないだろう。
この願いこそが一番の進化の手助けだと思うのです。
便利なものを多用して、短縮できた時間を重要なことに注ぎ込もう と言う考えも美しい。
僕もそう言う考えでしたが、多用した分、楽してる自分に気付いたとき、
ただ楽をする習慣を覚えただけでしかなかったのだ。
ここから脱したい気持ちでいっぱいなのだ。


自分が時代錯誤なイヤなタイプの人間になりつつあるなと半面思っているが、
それは「昔が良かった」と言う過去を振り返るような感覚ではございません。
今が一番最高であると思い続けていたいのです。

人生は損得ではないし、楽をしたから幸せだと言うわけでもない。
己の心身を使いきれたかってことが一番重要だと思いたい。

で、携帯電話どうするの?
このままでは本当に取り残されそうだ。
今ブログ書いてるこのMacももう7年だ。
それほど深刻じゃないけどね。


おやすみなさい。
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by hisa_coff | 2011-01-14 00:47 | デイリー