なんとなく疎開してきたような感覚に罪悪感があったりする

すみませぬ。
昨日の日記に素敵なコメントを書き込んでくださったお二方へ、
いたずらコメントを削除中に間違えて一緒に消してしまいました。
素敵な文章ありがとうでした。しっかり読みましたので、ご心配なく。


夜行バスを降りてから、
伯備線の特急やくもまで30分以上も時間があり早朝の米子駅で待つことになる。
駅に隣接するコンビニの入り口付近に朝刊を売るカゴがをのぞけば、
見たことのない大きな文字で地震の恐ろしさを伝えている。
米子は地震の影響はないのだろう。
新聞の伝え方も空まわってしまうように普段通りなのかもしれない。
でも、新聞などメディアなどでは伝わらないくらい強烈なものなのだ。
僕らが住んでいる国がこんなことになってしまうなんて皆思ってもみなかった。
小さなころから事前に物事を考える賢さを教えられていても、
事の大きさにはどこか限度があったのかもしれない。
現実とは僕らが把握できる大きさでなければならないと、
無意識のうちに決めていたのかもしれない。
それは、原発をつくるにあたっても事故の限度は決めていたのかもしれない。
それ以上の大きな事は幻想だと決めていたのかもしれない。

新聞を横目にホットドリンクコーナーからお茶をとって買った。
やくもに乗って山の中を練り走る。
僕は疲れすぎていて乗物酔いすら忘れてしまって、寝汗をかいて眠っていた。
駅に着いたら、僕の妻とその母が車で迎えに来ていた。そして、また山道を1時間近く走る。
車の中でもうとうととしながら何かホッとしていた。
地震はどうだったのか?と聞いてくるが、僕はうまく説明できなかった。
地面が波打ったとだけ言った。
自然が深く海抜400メートルにある山の中の街なので
なんとなく疎開してきたような感覚に罪悪感があったりする。
でも、妻のおなかの大きさを見て、それ以上に大きな希望を感じているのです。
[PR]
by hisa_coff | 2011-03-16 08:51 | デイリー