今季初コタツではないだろうか

午前中、墓参りと隣町の病院までおばあさんのお見舞いに行く。
隣町といっても20分ほど車で山を走らなければいけない。
隣町にあるコンビニに寄ると店の前で子供たちが募金箱を持って叫んでいる。
田舎なのでたくさんの人に訴えかけているというより、
人数的には対等か、もしくは僕たちのほうが少ない。
これで募金箱を避けて通れる人がいるのなら見てみたいと思った。
募金を募る団体に疑いをかける人もおられますが、
僕は、性善説を信じ、お金の価値を疑うので、
どこでもいいから募金箱にお金を入れる。
どうせお金だ。今必要な人こそが持つべきだ。
募る人にわたせば何とかなるだろうと思うのです。
それよりも心を使って力を貸すことが一番難しい。
一度手を貸したら、最後まで手を貸してしまう人がほとんどだろう。
心が触れ合ってしまえば、安心しできるところまで見ていないと気がすまないだろう。
被災地に蔓延する感情を受け止めて力になれるかと問われたら意気地なしと悩んでしまう。


11日、地震がおこるまでは、いろいろと動き回っていた。
10日の昼に車上あらしに合ってしまい、盗難届をだしつつ、
携帯電話、キャッシュカードなどをストップ。
その足で我が街の区役所へ急いでなんとか住民票を手にする。
それが盗難当日10日の夜。
緊急なので、11日の仕事は白紙にして、朝から免許証再発行に走る。
身分証明書が出来たその足で、銀行の窓口に行きカードの再発行。
とりあえず、当面は通帳とハンコでお金を引き出さないといけないので、
当分生きてられるお金を引き出して財布もないので手帳に札を挟んでおいた。
昼12時には体が空いてしまったので、というか、空けようと頑張ったので、
その足で岡本太郎展に行った。
そして長い間「痛ましき腕」をずっと見ていた。
太陽の塔のTシャツを買ってしまい、もうろうとしたまま帰ってきた。
そして、近所のいなげやで地震にあったのだ。
非常事態に携帯電話もなく、連絡とれないので、
夜届くようにしてあった新しい電話を
宅配屋さんへ自ら出向き、配送前に携帯電話を手に入れ、
あわてて、家族らに連絡を取った。
バックアップも取らずにいたため数百件の連絡先消滅。
真っ先に思い出したのは実家の番号。

そんなことがありながら田舎に来たので、誰とも連絡が取れないでいる。
すべて携帯のメモリーに頼っていたので、かかってくる番号に見覚えがなく、
毎回丁寧によそよそしく「はい、木村です」と出てしまう。家族にも。
連絡もうまくできなくてこちらの平穏さも相まって、
テレビで流れることとの温度差に疎外感を感じている。


お見舞いは暖かいものだけれど、日曜日の病院もまた閑散としていた。
看護士さんの廊下を素早く歩く音が好きでずっと耳を傾けていたのだ。
相部屋の場合、隣のベッドが賑やかだとさみしく感じるもんだろうから、
なるべく賑やかじゃないほうがよいかもしれない。
賑やかにするのなら部屋全体を一つにまとめられる度胸がなくっちゃね。


コンビニで買ったベビースターラーメンを一気に食べながら、
今は客間のコタツで日記を書いている。
ちなみに今季初コタツではないだろうか。。。。

僕は日記を書きながらかわった。意気地なしではない。
どんな感情も受け止めて何とか模索し力を貸せたらと思う。
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by hisa_coff | 2011-03-20 22:26 | デイリー