自分の名前すら忘れてしまいそうなほど夢中になれました。

ありがとうございました。
自分の名前すら忘れてしまいそうなほど夢中になれました。
そう簡単に人前で夢の中に入って行けないのは
目の前の人を置いてきぼりにする可能性があるからなのですが、
そんなことを気にする程度の意識で夢の中に足を突っ込むのは無責任な気がして、
どうせなら異次元にいるほど集中し夢中になった姿をお見せしたいと いつも挑戦しています。
今夜も夢中でした。ありがとうございました。


ホーキングさんが、天国や死後の世界はないと最近言ってました。
コンピュータが停止するように人の脳や体も同じよう停止する
そんなような その後に何もないことを言ってました。
もしかしたら、今、僕らが生きているこの瞬間やこの生活を
天国や地獄にするべきじゃないのかとバスの中で考えてみました。
大人になれば辛いことを避ける知恵を持ち、
嬉しいことを素直に喜ばず心を制御することが出来るようになる。
自分の歴史から以前あった知っている感情に出会っても驚かず慣れてしまっている。
小さな感情は摘み取らず不感症のように頑丈になってゆく。
悲しみに耐えずに地獄に落ちたかのように落ち込んでも良かろう。
喜びは人目を気にせずに天国にいる気分になっても良かろう。
この一歩が天国と地獄にわけてしまう一歩なら、
その一歩こそが生きている瞬間を味わえる一歩なのだ。
「イエス」と「ノー」を聞くのが怖いからと言って、
一歩を出せなかったら天国へも地獄へも行けないかもしれない。
そのどちらかに振り切った時の感情こそが生きていると言うことですから、
それを含めて楽しめたらば最高の人生になるかも。
死後の楽しみを今楽しめばいい。
天国に行くのが夢ならば、生きている間に夢を見ればいい。
生きている間に天国のような喜びを探せばいいのだ。
不感症になっているのならば、まずそれを治さなければ。。。。



今夜は珍しく丸尾が見に来てた。やたらと感動して帰って行った。
僕は丸尾と一緒に演奏しない時も何もかわらず奮い立っているところを見せれてよかった。

おやすみなさい。
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by hisa_coff | 2011-05-20 01:28 | デイリー