唱えて静める。
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大阪の実家でまた小1の甥っ子と風呂に入ったが、
戦争の話をしてきたので、二人ともゆでダコになるほど話が長くなった。
「僕らの心の中にも戦争を引き起こしてしまう原因になる欲望を秘めているから
常に自分の心の中を確認し、自分をわかっておかないといけないのだ。」と、
前回の泥棒の話と同様に、自分の中にも悪があるかもしれないと教えた。

まだうまく話せない弟の方(写真のおなかを空かせた子)は、恒大郎とよく釣り合っていて、
鶏のぬいぐるみの足を持って振り回して恒大郎をあやしているつもりだ。
恒大郎もまんざらでもなさそうで、ケタケタと体を揺らして笑っている。
大人があやしてもなかなかうまく笑ってはくれないのに
同世代同士 心通わすことが簡単にできるのだろう。

母の指示通り家族全員料理を手伝うだけ、
いつもの料理教室でも母はこんな感じで丁寧に指示してるんだろうなと思うわけです。

家族と接した時間の中で都会を離れて田舎暮らしをする決心がついた。
なんだかんだと決心していてもどこかでごまかしている気持ちが湧いてくるときがある。
ひとりで考え込んでしまえば、その気持ちで心が占領されてしまう。
そうなったら決心のつもりが意地でしかなく、自然体の中で見いだされた道ではない。
重たい問題だが、それが重たく感じなくなるまで体力をつけなければならんのだ。
重いものをヒョイと持ち上げる力持ちになるため、もう少し鍛えたい。


奥さんに田舎に移り住むことは直感だと打ち明けたら、彼女も直感だと打ち明けた。
生きるための前提をもう一度洗い直してみると都会でなくてもできることばかりで
足りないものは、にぎやかさ ぐらいなのだ。

また宮崎奕保禅師の言葉を唱えて自分を静める。

人間の欲望に従っては迷いの世界、真理を黙って実行するというのが大自然。
誰に褒められるということも思わんし、
これだけのことをしたらこれだけの報酬がもらえるということもない
時が来たならばちゃんと花が咲き、そして黙って褒められても褒められんでも
すべきことをして黙って去っていく。そういうのが実行であり教えであり真理だ。

と、唱えて静める。
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by hisa_coff | 2011-07-25 19:18 | デイリー